
長野県松本市にある「旧開智学校」を、マックスと一緒に訪れました。
実は20年以上前にも来たことがあります。その時は「歴史的な建物だな」と思っただけでした。今回も私的な旅のついでの、ふらりと立ち寄った再訪です。
でも、今回は違いました。
展示室に、整然と並べられた子どもたちの机がありました。教卓に向かって、きちんと列を作るように。その光景を前にしたとき、背筋を伸ばして先生の話を一言も聞き逃すまいとしている子どもたちの姿が、ありありと浮かんできました。
明治6年(1873年)。地方に住む子どもたちも、親も、みんなが「坂の上の雲」を仰ぎ見ていた時代。その雲を掴むための手段のひとつが、教育だったのでしょう。黒板の前に立つ教師は師範学校を出たエリートで、人々から深く尊敬されていた。なんと教育が輝いていた時代だったか——と、胸に迫るものがありました。
翻って今は、「日本の公教育はオワコン」と言われ、「AIがあるから、先生は教えてはいけない」と声高に叫ぶ人もいる。教師の受難の時代、とさえ感じます。数十年間、教育の現場に立ち続けてきた自分には、なおさら。
それでも私は、明るい未来を感じています。
どんな時代にも、人を奮い立たせるのはやはり人。今の混乱を乗り越えた先に、新しい教師が新しい時代を切り開いていく——そう信じています。
150年後の教育をリードする「未来の開智学校」は、どんな姿をしているんだろう。
マックスと一緒に、その景色を想像しながら、白い建物を後にしました。





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